「新発見・別室」
日本工学院専門学校のページでしたが、2003年度新学期からは、宇都宮アート&スポーツの
イラスト・コースの担当のために、退職しましたので、新しいページに模様替えです。ヨロシク!
お話しに入る前にちょっと写真をどうぞ。これは昨年
35万画素のオモチャ・デジカメで撮った、大垣女子
短大そばの水路の光景です。水草がゆらゆら揺れる
流れの上に桜の花びらが降り積もっています。ホント
はピンク色で実に美しいものでした。両岸には桜並木
がかなり長く続いて、盛んに散っていました。今年は
サイバーショットで撮って見たいのですが、散り際が
講義日に当たるか、それが問題なんです。
さっそく、数冊のつげ本を取り出しオカッパの奥さんを探してみますと『夏の思い出』
に行き当たりました。それをパラパラと見ていきますと、9ページ最初のコマ、オカッ
パの奥さんが「よし 行こ 行こ」と言っている場面がちょっとデッサンが狂っているよ
うな変な感じです。右足の膝が床に付いてしまってるようにポーズが不自然なので
す。ただ、これがアメコミ的ポーズというわけではありません。
ぼくは最近コンビニ本で刊行された『夏の思い出』(嶋中書店)にもそんなものが
無いかな〜と又パラパラやってますと、さっきの同じコマがチラリと見えました。ん?!
何か変だぞ。改めて二冊を比較してみました。もう一冊は『夢の散歩』(日本文芸社・
昭和58年刊)です。
コンビニ本の絵では膝が半分までで、左足の足先は見えなくなっています。
『夢の散歩』に収録されている作品は全身ポーズです。でもコマのサイズは
同じ。ということは、ただ膝の部分をカットしたのではなくて、全面的に描き直
されているのです。でも全体を描き直したのに、ポーズはそのままで、デッサ
ンの修正はされていない。「下手のままだなあ…」ぼくはそう思い、掲示板に
は<小さな発見でした。修正もジミですねえ。(笑)と書き込んだのです。
ところがです、同じ板でやはりご常連の淺川さんが、大変興味深い指摘をして、ぼくの
目を覚ましてくれたのです!まず『夏の思い出』の修正第一回目は『懐かしい人』
(ニ見書房・文庫)とのことです。そして二回目は『夏の思い出』(中央公論社・愛蔵版)
でした。コンビニ本はこの中公版のフィルムを流用しあものらしい。そしてつげさんが
調布を舞台にして描いたと思われる一連の<マンガ家の夫+オカッパ妻>物はどれも
妻の行動が妙にユーモラスだというのです。
妻が登場するシーンが不自然で中途半端なポーズをしているのは
意図的なはず。そうでなければ修正の際、全く別のポーズにするで
しょう。たぶん、つげさんは読み手が無意識に感じ取る部分こそ意
識的に描いてるのではないでしょうか?
そう言われてみて、ぼくはびっくり!確かに、他の人物のデッサンはいいのに、妻のポ
ーズだけが変なのは前から気になっていたのです。でも、それはたまたま作者が仕事
にのれなくて、ついいい加減に描いてしまったのかと思っていた。そこで、『懐かしい
ひと』をもう一度みてみると、二ページ目の二段目のコマの奥さんのポーズも変だ。これ
は全身ポーズを描いた方がいいのに、わざと足の方が描かれていない!。ちょうど、
『夏の思い出』で修正したような中途半端に描かれていて、ユーモラスである!!
『夏の思い出』の二十ページ目、描き文字でトオッと高く足を上げている妻も変だし、そ
れが愉快な感じをかもしだしているではないか。
淺川さんは、さらに『事件』という作品にもそれがあると指摘されています。それは
何故か車の中に閉じこもってしまった男を見に行こうとと夫婦で出かけるとき、妻が
路上に転び両手をついてしまうコマです。夫は「あわて者」と言っています。でもここ
はストーリーに何の関係も無く、有っても無くてもいいシーン…でも何故か作品の味
わいとしては重要なポイントを占めていませんか?これが淺川さんの意見・見方でした。
さっそく『事件』を参照してみますと、まったくその通り。前の場面では家の二階から
夫妻が外をのぞいていて、妻の「行って みよッ」というせりふが書かれています。
これは『夏の思い出』の修正コマのせりふ「よし 行こ 行こ」と同じ感じです!どう
もこの奥さんは物見高くて、せっかちなタイプのようで可笑しい。改めてそういう観点
からこの妻の行動ぶりを、他の作品で検証してみると、『日の戯れ』の17ページ
も興味深い。これは妻が競輪場に就職し、窓口の係だからあなたも来て券を買い
にきたら手を握ってあげると言う話しだ。
だが窓口はお互いが見えぬようになっているので、夫は手に目印の包帯をしてゆき
窓口から手を差し入れる。17ページはそのあと、家の台所に立っていると、窓から
妻がタタタタ(描き文字)と走って帰って来るのが見える。次のコマではダダダダと階
段を上がる妻〜そして「ただいま」とドアをあけ、その次の場面では「はあ」と、吐息を
つき、それを見た夫が「どうしたの あわてて」と聞いている。
彼女は夫に手を握られたことが嬉しく、そのことを少しでも早く彼に伝えようと、走って
帰宅したのだった。ここも、オカッパ奥さんのせっかちでユーモラスな性格が良く描き
出されているのです。
又六さんがアメコミ的ポーズと気にしていたことから、ぼくが下手なデッサンを何故完
全に修正しなかったかと疑問を持ったことへと発展し、それが淺川さんからの指摘で
作者つげさんが意識的にそう描いていたという、その部分への検証となったわけです。
淺川さんは、ずいぶん以前から、図書館にまで通いつげ単行本の作品比較などで、
いろいろ研究をされていたとのことです。
アメリカのマンガ引用
淺川さんはその経験から、つげさんが作品中に描いたアメリカ・マンガの例として初期の
『生きていた幽霊』には、その発表当時の「漫画読本」に載っていた『呑気爺さんアダムソ
ン』(ヤコブソン)、『陽気なブロンディ』(チック・ヤング)のキャラクターが確認できるといい
ます。いわゆるアメコミといわれるコミックブックのキャラは描かれていないようだ。珍しい
例では54年に朝日新聞に連載されていた六浦光雄『五円の天使』からサンプリング(?)
した細密なペン画も、この『生きていた幽霊』には見られるそうです。
この作品のちょっとあとの『地獄への招待』は、人物のアクションがおおげさで、おそらく
『陽気なブロンデイ』の影響らしいとのこと。つげさんはこの当時、アメリカのコミックと大阪
の劇画の手法取り入れ、新たな画風を模索していたのではないか…というのが淺川さん
の考えでもあります。
小学館が発行しているPR月刊誌「本の窓」コミック特集号(2001年11月25日発行)の
巻頭に『漫画から離れて見る漫画』というタイトルで横尾忠則さんが十代の前半にマンガ
を投稿していたことや、好きなマンガ家などについて語っています。その中でぼくが注目
したのはこんな発言でした。
自分で言うのも変ですけれど、僕のかつてのイラストレーションの表現を随分漫画家の
人たちが使いましたよ。僕はエッチなシーンは全部シルエットで表現した。それを漫画の
世界で上手く活用していました。それから顔の皺を描き込んだり、人物が汗や涙を流す絵。
そういう細かい描写が好きで描きましたが、それもいろんな漫画家が真似をした。でもそ
れが今では普遍化、記号化してしまって、そのルーツはどこからきたのか、もはやわから
なくなっている。
シルエットといえば、つげマンガの一つの特徴と言えます。特に主人公的人物の黒々とした
立像は、人物の暗い情念や孤独感を表わしていて、大変印象に残ります。それとはちょっと
違いますが『ねじ式』にも、トランペットなどの楽器を吹奏する人々のシルエットも、過去への
追想のように見えて、横尾シルエットのイメージに近い。(作品7ページ目上段)
暗い家並を俯瞰したような風景のカット(18ページ目下段)の右側に、人間の上半身のシル
エットを大きく描いたコマは、ぼくに『ジャングル大帝』の最終回のラストのコマのヒゲオヤジ
の上半身のシルエットを思い出させます。
ムーン山のブリザードの中で、レオが自らの命を差し出して、自分を
救ってくれたことを、深い悲しみとともに想うヒゲオヤジ。シルエットには涙が見えませんが、
手塚治虫先生はその想いを読者に託すために、表情を描かなかったのでしょう。
連載誌「漫画少年」を知るつげさんは、この有名なシーンを強く記憶していたとぼくは信じます。
(このコマは、後に描き替えられていて文庫などでは違っています。2003年はじめに出た
『この最終回がすごい!』メディアファクトリーでご覧下さい。こちらが「漫画少年」連載時の
最終コマです。)
最も単純に、19号のミヤコ様はネオ東京=都=ミヤコと考えていいでしょう。
ミヤコ様はこう語っています。
死んだんじゃ、一度…。実験でな…。
当時は、わしもまだ10歳になったばかり…。
同じぐらいの子供達数人とともに、実験を受けておった…。(中略)
わしら(10番台の超能力を持った子供たち)は20番台の為のスケープ・ゴートじゃった
かも知れん…。その実験中に、わしは意識を失い、仮死状態のままプロジェクトから
抹消された。再び意識が戻ったのは13年後じゃ…。(中略)
その眠りの中で夢を見たのじゃ…。
脈絡も無く、様ざまな断片がちりばめられた夢じゃ。
アキラの事…、このネオ東京…、鉄雄やその仲間…、未来や宇宙…、
そしてお前(ケイ)やあの金田とかいう少年の夢…。
かくしてミヤコ様は教教祖として、鉄雄の大東京帝国と対立する。
そう、彼女はシティの破壊の中にしか存在の意味を持たない。教祖が夢見る街は、かつて
栄華を誇った京都のような雅な街でしょうか?
元暴走族クラウンのリ−ダーであるジョーカーは、『バットマン』に登場するジョーカーに対応
しています。ドラえもん的なおどけたルックス。映画『バットマン』のジョーカーはサーカスのク
ラウンのようにメークしていました。これは暴走族グループ名クラウンと対応しています。
さてアキラについてはどうでしょうか。アキラはかつて東京があった場所にあるクレーターの
下の絶対零度の空間に眠っていました。このラボでアキラは28号です。仲間の25号・キヨコ
はアキラの目覚めを予言する。その封印が破られ、アキラは途方も無い破壊を引き起こす。
このことについて評論家の大塚英志さんは、
日本のフォークロアでは天変地異を起こす御霊を鎮めるためにこれを神として祀った。この
ようにして祀られた神を<若宮>というが、この<若宮>は、しばしば幼童に依り憑いて
ミアレするといわれる。その意味でアキラが幼児の外見をしているのは理にかなっている。
(中略)柳田國男ふうに言うなら若宮である<アキラ>とは「ちいさ児」である。
(「ユリイカ」1988・8月臨時増刊号・総特集・大友克洋)
この号に宗教学の鎌田東二さんが、重要文化財「春日若宮影向図」を論じるところから幼童神
アキラの誕生を、さらに細かく述べているのが興味深い。
(前略)アキラは、ある意味ではこうした荒ぶる神のカテゴリーに属するともいえよう。この
「荒ぶる」力とは、「新たに、現れ出て、物事を新しく改める」力であってみれば、「荒=新
=現=改」という意味関連そのものが、総体として新生や出現を表わしていることは疑い
えない。アキラは大都市ネオ東京を破壊するが、それはしかし、別の言い方をすれば世
直しの第一歩でもある。
鎌田さんも大塚説と同様な分析をしたあと<神名>についてもこう書いています。
ここで私が注目したいのは、「アキラ」という名の響きと意味である。「アキラ」、それは「明るく
きらきらしい様子」を表わす。漢字をあてれば、「明」ととするのがもっとも一般的であろう。「春
日」という地名、そして「三笠の山に出でし月かも」という歌を想い起こそう。春日には日と月が
常に結びついているのだ。この「月と日」とを結合すれば、文字通り「明」となる。
あなたが『AKIRA』を読んで感じたものは何でしたか。ここでは、ネーミングの謎という話題
で少し書いてみました。